「 リプレイ 」





 トゥルルルル   
 トゥルルルル



携帯電話の着信音が静かな部屋に鳴り響く…

「…もし…もし?…」

「おはよう、やっぱり寝てたのか。

もう9時になったぜ。

今日はクライアントと会う事になってるんだろう?

さあ、さっさと起きろよ。

俺はこれから子供とお出かけだからもう切るぞ?じゃあな!」

「あ、ああ。…ありがとう、またな。」

高校時代からの友人の竜二からだった。

今日納品するはずのカフェに飾る絵に最後の修正をしていたら

朝方になってしまった。

竜二の携帯の留守電にモーニングコールを頼んでおいたのは正解だった。



 ボーン、ボーン…


振り子時計が時を告げる。

若干正確さにかけた時計は祖父のものだ。

僕が覚えてる限り故障したことのない時計。

いつもみんなを見守るように時を刻み続ける時計。

「これまでに一度も止まったことがないんだよ。」

祖父の自慢の口癖であり一品でもあった。



僕は慌てて身支度を始める。

出来上がったばかりの絵を丁寧にケースに収納し、服を着替えてドアを開ける。

外は初冬の風が吹き始めていた。

乾いた冬の匂いがする。

「そっか、もう秋も終わりか。」

秋までかろうじて保っていた色合いが静かに吸い込まれていく。

僕はこの秋から冬にかけての冷ややかな季節が好きだ。

車に乗り込む前にふとポストが目にとまった。

ポストを乱雑にあさって郵便物を取り出す。

広告ばかりの郵便物の中に同窓会の便りを見つけた。

大学の同窓会か。

そういえばもう卒業して5年が経つな…

しかし、僕は同窓会のたぐいが苦手だ。

あの作ったような馴れ馴れしい雰囲気に馴染めない。

同窓会の便りは広告の郵便物と一緒に車のリアシートにぽんと放り込まれた。





再び携帯の着信音がなる。

また竜二か?

「もしもし?」

「もしもし…レイ?」


懐かしいトーンが記憶の深層から蘇る。


「ケイコ?」

「ひさしぶり!

携帯の番号、まだ同じだったのね。

今時5年も6年も同じ番号の人って貴重だわ。

でもなんだか嬉しい。」

彼女は好意を抱いてた同級生だったが卒業後、

先輩のプロポーズを受けて結婚した。

あの頃の僕は絵を描く事だけしか頭になくて彼女の相談事に

耳を傾けようとしなかった。

その後、彼女の大切さに気付くのに僕は3年もかかった。

「うるさいなぁ…。

それより君は元気?先輩は?」

「うん、元気よ。彼は…どうかな?

私達、離婚したの、もう去年の話よ。

それより、同窓会行くでしょ?」

そっか、先輩とは別れてしまったんだ…

「ああ…、同窓会ねぇ…。」

僕は返事に困っていた。

「行きましょうよ。

多分、あなたは強引に誘わなければ出てこないと思って

電話してみたの。

どう?図星でしょ?行くつもりなかったでしょう?」

やれやれ、彼女にはお見通しか。

というより僕が成長してないと言ったほうが確かなのかもしれない。

「わかったよ。行ってみることにするよ。」

「よし、決まり。一緒に行きましょう。

久しぶりにあなたの車の助手席に乗ってみたいわ。」

「車って…あの車に?」

「え?まだ『あの車』に乗ってたの?!」

「ああ…まだね…」

R32スカイライン。

僕は未だにこいつ以上に惚れる車がないからずっと乗り続けていた。

「じゃあ、18時に岡山駅の西口で。

着信履歴から私の携帯をメモリーしておいてよ?

『あの車』で迎えに来てね!」


5年前と同じ笑い声がしばらく耳に残っていた。







僕は展覧会に出品する作品のデッサンに苦心していた。

今まで僕は作品として人の絵を描いたことはなかった。

それが今回は何故か人の絵を描いてみたくなったのだ。

ケイコと話したイメージが強く頭に残っているためだろう。

しかし、久しぶりに描く人物画に戸惑っていた。



「あ、もう18時か…。」

今日は同窓会の日、もう夕方になっていた。

待ち合わせの時間が迫っていたがもう一枚デッサンを描いておきたかった。

「電話して、先に行ってもらっておくしかないな。」

僕は彼女に電話してみた。

「もしもし、ケイコ?」

「レイ?

私、もう西口に着いてるのよ。

今、どこなのよ?」

「あのさ、少し遅れそうなんだよ。

やりかけの仕事でもう少し時間が欲しい。

タクシーか何かで先に行っててくれるかな?

必ず、後で行くからさ。」

「…まったく…。

うん、わかった…。

そのかわり…必ず来る事。わかったわね?」

彼女が悪戯っぽく笑いながら答える。

「ああ、わかった、必ず行くよ。

この埋め合わせも…なんとかするから。」






同窓会の会場に彼女はいなかった。

「おかしいな…先に着いてるはずなのに…。

何か急用でも出来たんだろうか…。」

僕は彼女のことばかり考えながら同級生と他愛の無い会話を交わしていた。

かつての同級生はみなそれなりの歳の取り方をしていた。

やがて一人、二人と家庭のあるものから会場を後にしていく。

結局、彼女は姿を現さなかった。

僕は残った独身貴族達の二次会の誘いを断り会場を出ることにした。

車に乗り込もうとした時に女性に声を掛けられた。


彼女だった…。


「あれ?どうしたの?

あの時間に駅にいて会場にいなかったから心配したよ。」

「ええ、急に用事が出来ちゃって…。

突然なんだけど、私…遠いとこに行かなくちゃいけなくなったの。

でも…どうしてもあなたに最後に会って話がしたくて戻ってきたの。」

「遠いとこ?随分と急な話だな。

どこか外国で仕事でも?」

「ううん、そうじゃなくて…。

でも会えてよかった。

私ね…先輩と結婚したじゃない?

でも、あなたの事が…あなたの事が、ずっと好きだったの。

ただ、それだけ伝えたくて…。」

そう話す彼女の服がところどころ破れていた。

暗闇だったのではっきりと見えなかったが確かに怪我をしてるみたいだった。

「どうしたの?!その傷。」

「あ、うん、これ…転んだの。大丈夫。

もう時間がないから行くわ。

元気でね。

本当にあなたに会えてよかった・・・」

そう言い終わると彼女は暗闇に消えていってしまった。

僕の気持ちを確かめもせずに…。





彼女の死を知ったのは翌日の事だった。

新聞の地方欄にひっそりと載っていた。

『交差点にわき見運転の乗用車が飛び込み女性が死亡』

僕がかけた遅刻の電話の後、タクシー乗り場に移動する途中の交差点で事故に遭ったらしい。

すぐに病院に運ばれたが深夜に息を引き取ったという。

すると…

あの夜、僕に会いに来た傷だらけの彼女は・・・。

そっか、彼女の心は最後に僕に会いに来たんだ…。

こんな僕に…。





僕はどうしようもなく荒れた。

持って行き場のない怒りを自分にぶつけていた。

ビールにバーボン・・・ありったけの酒を飲んだ。

アルコールの酔いで身体を麻痺させることで気持ちを誤魔化そうとしていた。

しかし酒をあおってもあおっても酔う事も出来ず眠ることが出来ない自分がいた。

そして数日が過ぎ大晦日の夜がきた。

いつものようにバーボンをストレートで飲みながらぼんやり彼女のことを考えていた。

「あの時・・・

あの時、約束通り迎えに行っていれば…」

その時、足元に転がってる本に気付く。

『 リプレイ : ケン・グリムウッド 』

死をきっかけに何度も何度も人生をやりなおし、

生きる事の本質に気付くという内容のものだった。

リプレイか…ありえないよな、そんな事…。

所詮、作り話だ…。

その時、TVでカウントダウンが始まった。

「さあ、2000年まであと…」

うるさい!!

2000年なんてこなければいいんだ!!

僕は本をTVに投げつける。

TVをかすめた本はその傍に置いてあった振り子時計に直撃した。

 コトッ・・・

それまで確実に時を刻んでいた祖父の振り子時計は静かに…時を刻むのをやめた。

無言になった時計はまるで時間を止めたように思えた。

先ほどまでアルコールで酔えなかったのに突然とてつもない睡魔に引き込まれていく。

意識が薄らいでいくのが感じられた。

自分の周りの音がどんどん小さく消えてゆく。


              
静寂な孤独な暗闇に僕は落ちていくようだった。







 トゥルルルル   
 トゥルルルル


携帯電話の着信音が静かな部屋に鳴り響く…

「…もし…もし?…」

「おはよう、やっぱり寝てたのか。

もう9時…



え?竜二か?…

何故?・・・



ボーン、ボーン…

振り子時計が時を告げる。

僕が止めた時計は再び時を刻んでいた。






僕のリプレイが始まった。